米ノ井師範がスリランカの英字新聞の取材を受けました。

記事本文和訳:

合気道は、スリランカのメディアではあまり耳にしたり話題にしたり報道したりすることがありません。この日本の武道は、何よりも体、心、そして精神を鍛えることに焦点を当てています。
それは苦悶や挫折の時に人間の精神を試し、通常の主流の武道の形態とは異なり、暴力行為を諫めています。
合気道は現在、約140カ国で稽古されています。
創始者によって最初に開発されたこの武道は、彼の武道研究、哲学、宗教的信念を統合したものです。
彼の目標は、実践者が自己防衛すると同時に攻撃者を傷つけないようにして納めることでした。
合気道はしばしば「生命エネルギーとの一体化の道」と訳されることもあり、「調和の精神の道」とも訳されます。
日曜日のモーニングスポーツは、スリランカに合気道を紹介したとされる日本の師範である米ノ井正氏に会いました。以下はインタビューの抜粋です。

合気道がスリランカで発展した経緯はどのようなものでしたか?

私は2000年9月に東京の本社から、コロンボ・パワー・カンパニーのエグゼクティブディレクターとしてスリランカに派遣されました。当時、島国は膨大な電力不足や停電に直面していました。
そのため、私たちは積極的に電力不足を解決するために、セイロン電力公社(CEB)に電力を提供しました(当時のスリランカの総電力供給量の8%を提供)。当社はコロンボ港のすぐ近くに発電施設を設置していました。赴任後暫くして、合気道を練習する道場を探していましたが、適当な場所が見つからず困っていました。その後、日本大使館に勤めていて柔道を指導していた書記官を通して、スリランカ柔道協会の会長にお会いする機会があり、親切にもコロンボ競馬場の柔道場を無料で使用することの申出を受けました。最初はあまり生徒を集めることができませんでしたが、後にその道場で稽古をしていた多くの柔道選手が合気道に大きな関心を示し稽古に参加し始めました。
私は正式に2001年初頭に稽古を開始しました。
その後2003年頃、当時の地上波テレビ局TV Lanka(現在は放送停止)から私に合気道のクラスをテレビで開催するように依頼がありました。
私たちの番組は多くの人気番組となり、数多くの熱心な視聴者が稽古に参加するようになりましたが、2004年12月26日に壊滅的なインドシナ津波がスリランカを襲い、テレビ局は災害救助活動に焦点を当てなければならなくなり私たちの番組も一時棚上げになりました。
津波発生時には、私たちの合気道の生徒たちからの要請により、津波で被災したスリランカの人々の支援活動をしました。
それはすべて、合気道の精神の一貫です。
合気道は体を鍛えるだけではなく、精神の訓練であり、自分の精神を如何にコントロールするかに重点をおいています。
自分の精神力を鍛えることが合気道の最終目的です。

 

合気道は他のスポーツとどのように異なるのでしょうか?

私たちは試合やトーナメントを行いません。
その理由は、私たちの創始者である植芝盛平がそれらを禁止したからです。
彼は、メダルやカップを獲得したり試合に勝つことは小さい目標であり、最善の目標は自分自身に勝つことを目標とすることだとだと述べました。体と精神を磨くことは非常に高い目標です。
先人たちは私たちに、世俗的な所有物はわきに置いておいて、体と精神を鍛えるためのこれらの困難な目標を教えてくれました。
合気道では決して最初に攻撃しません。極めて困難な状況でのみ、最小限の害を加えて反撃します。
私たちは相手にダメージをあたえるようなパンチを放ったり、キックをしたりすることはしません。
これは禁止されています。相手にダメージを与えることは簡単です。しかし、相手をダメージなく制する方法が最も難しい部分です。
私は2000年から2011年まで11年間スリランカに滞在し、その後日本に帰りました。
それ以来、毎年スリランカを訪れ、合気道のセミナーやデモンストレーション、昇段審査を行っています。それと同時に、私たちは北部や南部の学校や孤児院などを訪れ、さまざまな場所で恵まれない子供達への支援活動を行っています。

 

最近のスリランカ訪問中は、何をしていましたか?

最近のスリランカ訪問中は、合気道の指導や様々な合気道関連活動の啓発、美しい楽園とも言えるこの島に来てから続けている慈善活動への取り組みなど、多岐にわたる活動に関わってきました。合気道では決して最初に相手を攻撃しません。
極めて困難な状況でのみ、最小限の衝撃を加えて反撃します。私たちは相手にダメージを加えるパンチを放ったり、キックをしたり、危害を加えることはしません。これは禁止されています。
ダメージを与えることは簡単です。相手をダメージなく制する方法が最も難しい部分です。

 

11月10日と11日に、スリランカ合気道協会主催の第15回年次合気道セミナーを成功裏に実施致しました。スリランカ全国から合気道の愛好者を歓迎しました。イベントはコロンボのスポーツ・青年省の空手道場を借りて開催されました。
初日は午前9時から始まり、午後4時までの4つのセッションと2回の休憩がありました。最終日には子供たちの級の審査と証明書授与、大人の級の審査、段位審査が行われました。私はスリランカとの関係を継続し、私の門下生のサポートを受けながら、合気道の生徒だけでなく、経済的に恵まれない子供達にを支援したいと願っています。
(セミナー動画https://www.youtube.com/watch?v=YUBTm4Uq7nE&t=22s)

現在世界中で多くの紛争が見られ、また私は内戦中のスリランカを経験しました。
戦争前と戦後の状況はどうでしたか?そして、合気道はこうした状況でどのように役立つのでしょうか?

私たちの創始者は、合気道の武術が非常に危険であるため、試合を禁止しました。
時には人々は自分で自分を自制できないこともあります。今見られるイスラエル・ガザやロシア・ウクライナなどの多くの紛争は、特に子供や女性の多くの犠牲者を生み出しています。
それは誠に愚かなことです。
合気道の精神は、スリランカの大統領J.R.ジャヤワルダナ(JRJ)が1951年にサンフランシスコ講和条約締結時にで行った有名な演説に含まれています。
その時、多くの世界の国が日本に戦後賠償を求め、基本的には日本に最終的な補償を求めていました。
スリランカ当時の財務大臣であるJRジャヤワルダナは釈迦仏の言葉を引用して、「憎しみは憎しみによって解決されるのではなく、愛によってのみ解決される。これが永遠の規則である」と述べ、日本からの大きな賠償を受け取る権利があったにも関わらず、それを返上しました。それは日本にとって非常に大きな助けとなりました。
私はスリランカと世界中の人々に、この精神に今すぐに従うことを強く勧めます。最も重要なのは、憎しみを戒め停戦を呼びかけることです。戦争は人類にとって最悪です。
健全な精神を築かなければ、将来に平和な社会生活を築くことはできません。
体だけを鍛えても、心の平穏を体験することはできません。
内戦中のスリランカ滞在中、戦争で荒廃した地域の学校では多くの砲弾や弾丸の跡を目にしました。
それは戦争当事者などによって引き起こされたものでした。しかし、戦後になると学校に通う子供たちの顔に笑顔がもどりました。そのときに平和はより美しいものと認識しました。戦争が続いている間、彼らの笑顔は本物ではありませんでした。戦争中に被災した多くの子供たちが孤児院やキャンプにいたため、私は毎年日本から訪れ、同僚と共に必要な子供達を支援するための活動を続けてきました。
合気道の精神のもう一つの側面は、幸せを感じたらそれを独り占めにせず、幸せを必要としている人々と分かち合うことです。。

若く将来有望なスポーツ選手に対するあなたのアドバイスは何ですか?

若い子供たちはどんなスポーツでも楽しむことが大切です。
スポーツは健康な体を築くために非常に重要ですが、但しそれだけでは十分ではありません。
同時に精神を鍛えることがさらに重要です。健全な精神を築けば、将来に平和な社会生活を築くことに役立ちます。